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旅するように学ぶ

仕事のこと、夫婦のこと、子育てのこと。日々感じたことや学びをつれづれと。

会社を出て、保育園のお迎えギリギリの電車に乗るために走りながら考えたこと

仕事帰り、会社を出るのがギリギリになってしまい、久しぶりに駅のホームまで猛ダッシュ。

 

オフィスを出てエレベーターが1階に着いた瞬間、さらりとエレベーターを降り、駅へ一直線。途中の短い階段を2段飛ばしで駆けあがり、混雑する改札前を軽やかなフットワークで人を交わしながら進む。

 

一番空いている改札を見つけたら減速し、確実に「ピッ」。(ここで定期を間違えたり、ちゃんとピッとできないと大幅に時間ロスになる。スピードにもメリハリが大切)

 

そうすると、最後の難関。ホームまで31段の階段を駆け登る。最初の6段くらいは1段飛ばしでいける。6段をこえるとどんどん太ももが重くなり、駅伝で最後の直線をなんとか力振り絞って足を振り上げて襷を渡そうとするみたいな必死さでホームにつき、電車に滑り込む。

 

電車の中では、死にかけの金魚みたいに一生懸命肺に息を吸い込んで、荒い息をなんでもない風に装って整える(周りの人にはぜいぜいしすぎてばれてると思うけど)。

 

そして、

ああ体力落ちたなぁ。

もうくたくただよ。

やっぱり年だろうか。

みたいなことを考えてちょっと落ち込む。

 

保育園につく頃には、もうふらふらというか、使いつくしたお尻ふきの外側のビニール袋みたいなぺらぺらな気分。

 

でも、若い息子(2歳)は元気がありあまっていて「ママ、きょーそーしよー!」と走り出す。なけなしの力を振り絞って息子と一緒に走りながら(最近の息子はそこそこ走るのが早くなってきた)、ふと私の体力落ちたのではなく、使う体力が増えたからつかれるんだと思った。

 

だって社会人になって10年近く、平日に家の外をダッシュするとか、家の中で裸の男子を追いかけて走るとか、電車ごっこでぐるぐる回るとかそんなことは起こらなかった。

歩いて電車に乗って仕事に行き、家に帰ってきたらソファーで休憩して、ゆっくり湯船につかって、布団に入って目を瞑れば朝まで寝ることができた。

 

今ってハードな生活してるんだなぁなんて。そう思ったらちょっと気が楽になった。

 

とはいえ、まぁしんどいことには変わりないから、今度のお休みは走るか泳ごくか、なにか運動をしようと思う。

 

なんだか久しぶりに走ることについて語るときに僕の語ることが読みたくなった。

 

ただ黙々と時間をかけて距離を走る。
速く走りたいと感じればそれなりにスピードも出すが、たとえペースをあげてもその時間を短くし、身体が今感じている気持ちの良さをそのまま明日に持ち越すように心がける。

 家事と育児と仕事の生活を、ただ黙々と走る。いい気持ちで走れるペースを大切に。

 

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

 

 

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