旅するように学ぶ

仕事のこと、夫婦のこと、子育てのこと。日々感じたことや学びをつれづれと。

小さな誤差に気づくこと

先週、抱えていた原稿に煮詰まったので、午後は休暇予定だったこともあり気分転換にプールに行った。

 

午後のプールは比較的空いていて、コースで泳ぐ方たちも気持ちよいマナーな方たちで(コースが限られる区民プールでは、泳ぐペースやスタートのタイミングなど意外と気を遣うのだ)、集中して泳ぐことができた。

 

最初の50mが一番気持ちいい。

体も軽く、水の感覚をとても敏感に捉えることができる。大きなしぶきをあげることなく、静かに進む。

 

それが300mを超えたくらいから様子が変わってくる。

ちょっと息が苦しくなってきて無理やり息継ぎをしたり、焦ってストロークをしたり、しぶきが増え、息継ぎが増え、忙しい泳ぎになる。

 

ストロークが雑になってるなと気づいて、丁寧に伸ばしてみたり、

呼吸が苦しくてバタバタしているなと気づいて息継ぎのタイミングを早めたり。

 

泳いでいる間中、私は自分の泳ぎと自分の状態を観察していた。

 

そして、まだすごく泳ぎが乱れているわけじゃないけど、ちょっと乱れ始めた、そんなタイミングで早めに軌道修正をしたり、泳ぐペースを落としたりする。

 

それによって予定よりもいいペースでさくっと泳ぎすっきりとプールを出た。

 

大きくずれてからの修正はエネルギーがかかるし、疲れきってから休憩すると回復までには時間がかかる。

 

仕事だと、ついつい無理をして詰め込んで、頑張って走ってしまうのだけど、よいペースで走り続けるには、小さな誤差に早めに気づき、調整する。

 

そのことが大切だなと改めて感じたのだった。


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雨の日になると

テンションさがる大人、

テンションあがる子ども。

出社するより、在宅勤務の方が正直しんどい。

働き方改革の流れで、去年くらいから「在宅勤務」というのもよく話題になるテーマだ。

 

実際のところ、私が今働いている会社では在宅勤務の制度はない。ただ、事業的に柔軟に物事が調整しやすい側面もあり、制度はないけれど事前に相談して自宅や社外で仕事をするように調整はできる。

 

子育てをしている身としては、それは本当にとても有り難く、保育園関係の行事や息子の体調不良の時などに調整をしている。

 

在宅勤務の導入のハードルにはいろいろあって、そもそも店舗型のビジネスだとなかなか在宅勤務にはしずらかったり、セキュリティの問題だったりいろいろある。で、その問題の中のひとつに「自宅だと見えないからさぼるんじゃないか」みたいな懸念があるように思う。

 

家だとだらだらして寝ちゃったりするんじゃないか。在宅勤務でーす、とか言いながら仕事してなくてもわからない。みたいな気持ち。

そういう懸念は、たぶんいくら想像やシュミレーションして、細かな運用ルールをつくっても100%払拭することはできないと思う。だって、さぼるかもしれないという気持ちのままいくらさぼらないためのルールをつくっても、その気持ちは変わらないから。

 

だから、そういう懸念があったら、まず自分が実際にやってみるといい。

 

と、これは過去の私に言いたい。人事にいたころは、正直在宅勤務とかどうやって勤怠管理すればいいんだって思ってたところがある。(反省)

 

だけどここ2年くらい、実際に自宅で仕事をすることを経験してみて思うのは、出社しないで自宅で仕事をする方が圧倒的に緊張感があるということ。

 

わかりやすく言うと、会社で自分の席に座ってパソコンに向かっていれば、意味もなくキーボードをカチカチしててもネットサーフィンしてても、なんとなく仕事してる風になる。予定よりも仕事が進まなくても、会社にいればそれがさぼっているようには見えない。

 

出社して、席に座っている。

それだけで、働いてますアピールなのだと思う。

 

しかし、在宅勤務ではそうはいかない。

自分がどのくらいパソコンの前に座っているかはみんなに見えない。それはやってみると、意外とこわいことでもある。

 

みえないからこそ、進捗をつくることや、アウトプットを出すことにとてもこだわることになる。今日ここまでやろう、やって報告しておこう、みたいに。

 

出社している日の昼休みは、自分の休憩時間として好きに過ごす。

でも、自宅で仕事をする日は、時間の区切りが難しくゆっくり休めなかったりもする。(あくまで私の話で、試行錯誤している最中です)

 

満員電車で通勤しなくていいからストレスないし、その分保育園のお迎えにも余裕ができる。子どものことで出社が難しい時には本当に助かるのだけど、すごくつかれる。

全然楽じゃないのだよ。

 

在宅勤務は、長いこと残業ありきで働いて身に染みている働き方から、何倍ものセルフマネジメント、セルフコントロールの力が必要になるのだと思う。

 

在宅勤務は広がってほしいし、選択肢としてあった方がいい。だからこそ、実際やるのは楽じゃないってことももっと知ってもらえるといいなと思う。

 


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相変わらずトーマス好きな息子。

お花のお金(100円)を自分の財布から探してガチャガチャに投入。いろいろできるようになるなぁ。

 

ムーブメントをつくるとき、「#定時退社ビール」みたいな発想はすごくいいと思った話

6月に入り、気温も上がり、普段そんなにビール派でなくとも、なんともなしにビール飲みたいなとつぶやきたくなるような季節になってきた。

 

去年から、働き方改革の話題は盛り上がっているし、プレミアムフライデー的なイベント?も始まった。

しかし、ひとりの会社員として会社という働き方改革の現場でなにか変化があるような兆しはなかなか感じられない。

 

サイボウズ社のポスターが話題になったように、働き方改革とか言われても…というような感覚も拭えない。

 

 

そんな中でTwitterで見つけたのが「#定時退社ビール」というハッシュタグ。

よなよなエールのヤッホーブルーイングさんが仕掛けているらしい。

 

ルールは3つ。

STEP1.定時で、ないしは定時後できるだけ早く退社できるよう、前向きに楽しく努力する。
STEP2.退社後、「定時退社」に思いを馳せながら、おいしいビールで乾杯する。
STEP3.ビールを飲んでいる様子をハッシュタグ「#定時退社ビール」で写真付き投稿する。

http://yohobrewing.com/teijitaisha/

 

保育園のお迎えがあるから、ほぼ毎日定時退社をしている私は、#定時退社ビール をするためにビールを冷蔵庫に常備することにして、今までよりも気軽に「今日もがんばったなー!」と感じられるようになった。(ビールを飲む飲まないに限らず)

 

 

なにかムーブメントをつくるとき、その正義みたいなものはもちろん大切なのだけれど、正義だけでは人は動かない。そして、正義だけでは人は継続することも難しい。

だからこそ、楽しく、やっちゃいたくなるような仕掛けをつくるということはとても重要なのだろうなと思う。

 

 

そんなわけで、父の日のプレゼントはよなよなエールを贈ることにした。完全にマーケティングにやられている気がするけれど(笑)

 

 

 

 

社会が変わる時はオセロのように。

今の認可保育園に通って3年目になった。

 

2年間、送りは私、迎えは夫という基本スタイルでやってきて、送りをやっているパパは2~3人、基本担当として迎えに来ているパパはうちの夫ただ1人だった。それもあって、夫はなんとなく先生たちの間でも、ママたちの間でも知られる存在で「パパがんばってますよね!」みたいなことを言われたり、すっかりイクメンブランディングに成功していた夫。

 

そんな園に異変が起きたのは今年の4月。

2月からお迎え係をバトンタッチしていた私は驚くことになる。お迎えのパパが増えてる!!!!毎日顔を見るパパ、たまに見る(この、たまにの頻度があがった)パパが何人もいるのだ。久しぶりに朝の送りに行ってみたら朝のパパの人数も増えていた。

 

息子が生まれて3年。電車に乗ればいまだに周りの目に気を張るし、待機児童問題も進んでいるようには体感できない。子育てと仕事の両立も大変なことには変わりがない。

 

だけど、イクメンブームから、イクボスブームを経て、社会はほんのちょっとづつ変わってきているのかもしれない。見えないところでもう変化は始まっているのかもしれない。そんな風に思った出来事だった。

 

まだ、社会の当たり前は「お母さんが子育て」「お母さんがお迎え」だと思う。

だけど、オセロの白と黒のように「夫婦で子育て」や「パパもお迎え」という陣地はじわじわ増えているとしたら、それがいつかひっくり返る日がいつか来る。

 

社会を変えるために、声をあげ、立ち上がることは大切だ。

だけど、それだけでは社会は変わらない。

 

オセロのように最後に白と黒をひっくり返すのは、声をあげることがなくても、残業をやめて保育園にお迎えに行く。自分の生活の中でアクションをとる人たちなのかもしれない。

 

こうなったらいいな。

こんな社会にしたい。

そう思った時、自分が願う未来に向けてまずは自分が実践する、アクションする、ということは実は社会を変えることなのかもしれない。

 

そんな風にお迎えに奮闘するパパたちにエールを送りつつ、自分自身が子育てと仕事の両立に奮闘していることも、子育てをしながら男女ともに楽しく、当たり前に、働ける。そんな未来につながったらいいなと思うのでした。


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息子と歩く保育園への行き帰り。こんな風景もいつか懐かしく思い出す日がくるんだろうな。

新しいことを始める時の違和感は、万年筆の使い始めと似ている。

万年筆を使うようになって2年がたとうとしている。

それまでは10年以上、超極細→スタイルフィットのブルーブラック0. 28を使っていて、これを超えるペンはないと思っていたのだけど、2年くらい前に万年筆を使い始めたらその滑らかな書き心地が気持ちよすぎてメインのペンが万年筆にスイッチする事態となった。

 

そして最近新しい万年筆を導入した。万年筆は書き心地はとてもよい。だけど、個人的な好みは細字なのだ。でも、細字の万年筆といっても太さは1.0くらい。そんな時、0.2のカートリッジ式の万年筆を発見した。気になったけど残念ながら、試し書きができるようにはなっていなかった。簡易万年筆タイプで、普通にボールペンを買うのと変わらないくらいの金額だったから、試してみようと思って買ってみることに。

 

初日、苦戦した。

ペンの角度が定まらず全然書けなかった。万年筆ってこんなに書くのが難しかったっけと戸惑い、楽しみにしていた新しい万年筆でうまく書くことができなくてかなりがっかりした。

それから数日、なかなか思うように書けずに、1~2行試しては、あきらめて普段使いの万年筆に切り替えるようになっていた。

それが、1週間くらいたつと、この角度だ、とすんなり書き始められるようになり、その角度をキープして書けるようになってきた。やっぱり細字はいいなぁと思ったけれど、普段使いのものに比べると書き心地が固めで、うーん、せっかく万年筆を使うならやっぱりいつもの万年筆の滑らかな書き心地の方がいいなぁ、この万年筆は使いきったらリピートはなさそうだと思っていた。

 

それから数ヶ月。リピートはしないと思っていた細字の万年筆のカートリッジを追加で購入した。

使いきるまでと使っているうちに、万年筆の書き心地がどんどん変わっていったのだ、それも劇的に。書けば書くほど、万年筆のペン先は馴染んできて、書き心地もしっくりくる滑らかさを感じられるようになった。もう、この角度だぞ、この角度をキープするんだぞ、というような緊張感もなくなり、パッとキャップをとれば何も考えなくても、ピッタリの角度で書けるようになった。

今、新しい万年筆は、ずっと前から知り合いだったかのように、私のノートに収まっている。そんなわけで、カートリッジを追加購入し、これからも使っていこうかなと思っている。

 

 

新しい万年筆を使い始める時は、新しいことを始める時に似ている。

 

新しい期待にワクワクしながら始めるのに、始めてみると今までとは違う圧倒的な違和感に、これはやっぱり違うかもしれないと感じる。

続けていると、ああめんどくさい、やっぱり違う、前の方がよかった、そんな気持ちが出てくる。そして大概、ここでやっぱりやーめた、となってしまうことが多い気がする。

 

でも、この「やっぱちがうわ」という風に思いながらちょっと続けてみると、意外と「ちょっといいかも」という瞬間がやってくる。

 

まぁ続けてみてやっぱり違うと思ったらやめたらいいのだけど、やっぱり違うと思ってから、その「やっぱり違う」の正体を探しながらちょっとだけ続けてみてみるというのは、新しいことを始める時に忘れずにいたいなと思ったのでした。

 


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