旅するように学ぶ

仕事のこと、夫婦のこと、子育てのこと。日々感じたことや学びをつれづれと。

組織とハピネスとAIと。

この前、コルクラボで佐渡島さんが話していたAIとハピネスの話がおもしろかった。

日立製作所ではウェラブル技術をつかってハピネス(幸福感)を計測する研究がされてて、ハピネスが高いと困難に挑戦したくなり、ハピネスが低くなると気晴らしをしたくなるという傾向があるらしい。ほぉ。

例えばチームの中で「挑戦しないと感じる人」がいた時。

「あいつはやる気がない」という決めつけや、「ほら挑戦しろ!」という根性論になりがちだと思う。
(あぁやりがちやりがち…自戒をこめて)

でも、それがもし本人の能力ではないとしたら?


その視点によって見えてくる課題があるような気がした。

ちなみに…この研究では個人の働き方もだけど、チームのハピネスを高めるためのAIの研究もされている。

「ランチの時に誰が誰に話しかけるといい」とか「話をする時の順番はAさん→Bさん→Cさんの順がいい」みたいなことをAIがアドバイスしてくれらしい。なんだそれ。

そしてさらに驚くのはそういうAIからのリコメンド通りにやってみるとチームのハピネスが高まり、生産性が約30倍になったということ。
30倍て…元の生産性も心配しちゃうわ。。

色んな技術が発達し、色んなものが可視化されていく中で、人間関係は、組織は、社会は、コンテンツは、どう変わっていくんだろう。どう変えて行けるんだろう。

佐渡島さんの話を聞いてると、未来をみる視野がぐっと広くなる。

3歳息子とウルトラマンごっこしてる間に週末が終わってびっくりな日曜日の夜。おやすみなさい。

「BEの肩書き」から生まれるもの

TOKYO WORK DESIGN WEEKで、勉強家の兼松さんの話を聞きに行ってきた。Twitterで兼松さんの探求プロセスをみていて、「BEの肩書き」のとこがなんだかずっと気になってたから。


なんでこんなにも気になっていたのかなぁと振り返ってみると、1つにはここ2年半くらい「編集」をいう仕事をするようになって色んな編集者の人に会ったり編集者の本を読んだりしたけれど、知れば知るほど「編集者」がなにをする人なのかよくわからなくなったことが大きいかもしれない。同じ「編集者」という肩書きでもそのスタンスや業務の範囲は人によってまったく違う。

そしてもう1つは、母になってもう3年半もたつというのに、いまだに「母」という肩書きが自分の中でしっくりときていないことがある。現実的に私は「母」であるし、息子と話す時に自分のことを自然と「ママ」と言えるくらいには母に慣れてきているけれど、それでもまだ言葉にできない居心地の悪さがどこかにあるような気がするんだよなぁ。

兼松さんは「DOの肩書き(仕事の肩書き)×BEの肩書き(在り方の肩書き)が仕事の個性を決めるのでは?」ということを話されていた。

 

例えば、詩人のようなデザイナーと、お医者さんのようなデザイナーと冒険家のようなデザイナーがいたとして、みんな同じデザイナーだけど、BEの肩書きによってアウトプットも変わるし、誰に発注するかが変わる」という例をあげていた。そして、兼松さんの「父」というDOの肩書きに対するBEの肩書きはサンタだった。つまりは、サンタのようにペイ・フォワードな父ということ。

そして印象的だったのは近所のお母さんたちを集めてBEの肩書きをつくるワークショップをやったら「お母さんたちがお互いのBEを知り合うことで助け合いが起きた」という事例だった。

話を聞いていて、なるほど私が感じていた居心地の悪さは「母」というDOの肩書きに、外からもってきた「あるべき母像」みたいなBEの肩書きがくっついているからかもしれない…と気がついた。


「BEの肩書き」は、「私は~な人」ということを書き出すことから始まるそうだ。明確な肩書きの言葉がつくりきれなくても、そのプロセスを通して「私は~な人」というBEを共有することは、肩書きや役割ではなく「わたし」として誰かとつながれるということ。社会にでてみると、「わたし」として誰かとつながれる機会は意外と少ないからこそ、そこに生まれるつながりにはとても価値があるように私は思う。

去年から会社でやっている取り組みのひとつに、自分に立ち戻る場所というコンセプトで母になった女性たちが「わたしを主語に語る」というコミュニティづくりがある。
母になるとお互いの子どもの性別と年齢は知っていても、お互いの名前は知らないということや、母になって「わたし」が見えなくなってしまうみたいなことがよく起こる。

だからこそ、わたしを主語に語ることで母になった「わたし」を見つけ、「わたし」として誰かとつながる、そんな経験をしてほしいと思ってきたのだけど、今回兼松さんの話をきいて、つながったその先には、なにが生まれるんだろう。何を生み出すことができるんだろうともうちょっとその先を描いてみたくなった。

 

「~な人」ということを出すために使える質問もいくつか教えてもらったから、まずはちょっと自分のBEの肩書きを考えることから始めてみようと思う。とはいえ、一人で自分に向き合うのってけっこうストイックな感じだから一緒にやりたい人がいたらぜひ教えてほしいです。

 

小さな誤差に気づくこと

先週、抱えていた原稿に煮詰まったので、午後は休暇予定だったこともあり気分転換にプールに行った。

 

午後のプールは比較的空いていて、コースで泳ぐ方たちも気持ちよいマナーな方たちで(コースが限られる区民プールでは、泳ぐペースやスタートのタイミングなど意外と気を遣うのだ)、集中して泳ぐことができた。

 

最初の50mが一番気持ちいい。

体も軽く、水の感覚をとても敏感に捉えることができる。大きなしぶきをあげることなく、静かに進む。

 

それが300mを超えたくらいから様子が変わってくる。

ちょっと息が苦しくなってきて無理やり息継ぎをしたり、焦ってストロークをしたり、しぶきが増え、息継ぎが増え、忙しい泳ぎになる。

 

ストロークが雑になってるなと気づいて、丁寧に伸ばしてみたり、

呼吸が苦しくてバタバタしているなと気づいて息継ぎのタイミングを早めたり。

 

泳いでいる間中、私は自分の泳ぎと自分の状態を観察していた。

 

そして、まだすごく泳ぎが乱れているわけじゃないけど、ちょっと乱れ始めた、そんなタイミングで早めに軌道修正をしたり、泳ぐペースを落としたりする。

 

それによって予定よりもいいペースでさくっと泳ぎすっきりとプールを出た。

 

大きくずれてからの修正はエネルギーがかかるし、疲れきってから休憩すると回復までには時間がかかる。

 

仕事だと、ついつい無理をして詰め込んで、頑張って走ってしまうのだけど、よいペースで走り続けるには、小さな誤差に早めに気づき、調整する。

 

そのことが大切だなと改めて感じたのだった。


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雨の日になると

テンションさがる大人、

テンションあがる子ども。

出社するより、在宅勤務の方が正直しんどい。

働き方改革の流れで、去年くらいから「在宅勤務」というのもよく話題になるテーマだ。

 

実際のところ、私が今働いている会社では在宅勤務の制度はない。ただ、事業的に柔軟に物事が調整しやすい側面もあり、制度はないけれど事前に相談して自宅や社外で仕事をするように調整はできる。

 

子育てをしている身としては、それは本当にとても有り難く、保育園関係の行事や息子の体調不良の時などに調整をしている。

 

在宅勤務の導入のハードルにはいろいろあって、そもそも店舗型のビジネスだとなかなか在宅勤務にはしずらかったり、セキュリティの問題だったりいろいろある。で、その問題の中のひとつに「自宅だと見えないからさぼるんじゃないか」みたいな懸念があるように思う。

 

家だとだらだらして寝ちゃったりするんじゃないか。在宅勤務でーす、とか言いながら仕事してなくてもわからない。みたいな気持ち。

そういう懸念は、たぶんいくら想像やシュミレーションして、細かな運用ルールをつくっても100%払拭することはできないと思う。だって、さぼるかもしれないという気持ちのままいくらさぼらないためのルールをつくっても、その気持ちは変わらないから。

 

だから、そういう懸念があったら、まず自分が実際にやってみるといい。

 

と、これは過去の私に言いたい。人事にいたころは、正直在宅勤務とかどうやって勤怠管理すればいいんだって思ってたところがある。(反省)

 

だけどここ2年くらい、実際に自宅で仕事をすることを経験してみて思うのは、出社しないで自宅で仕事をする方が圧倒的に緊張感があるということ。

 

わかりやすく言うと、会社で自分の席に座ってパソコンに向かっていれば、意味もなくキーボードをカチカチしててもネットサーフィンしてても、なんとなく仕事してる風になる。予定よりも仕事が進まなくても、会社にいればそれがさぼっているようには見えない。

 

出社して、席に座っている。

それだけで、働いてますアピールなのだと思う。

 

しかし、在宅勤務ではそうはいかない。

自分がどのくらいパソコンの前に座っているかはみんなに見えない。それはやってみると、意外とこわいことでもある。

 

みえないからこそ、進捗をつくることや、アウトプットを出すことにとてもこだわることになる。今日ここまでやろう、やって報告しておこう、みたいに。

 

出社している日の昼休みは、自分の休憩時間として好きに過ごす。

でも、自宅で仕事をする日は、時間の区切りが難しくゆっくり休めなかったりもする。(あくまで私の話で、試行錯誤している最中です)

 

満員電車で通勤しなくていいからストレスないし、その分保育園のお迎えにも余裕ができる。子どものことで出社が難しい時には本当に助かるのだけど、すごくつかれる。

全然楽じゃないのだよ。

 

在宅勤務は、長いこと残業ありきで働いて身に染みている働き方から、何倍ものセルフマネジメント、セルフコントロールの力が必要になるのだと思う。

 

在宅勤務は広がってほしいし、選択肢としてあった方がいい。だからこそ、実際やるのは楽じゃないってことももっと知ってもらえるといいなと思う。

 


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相変わらずトーマス好きな息子。

お花のお金(100円)を自分の財布から探してガチャガチャに投入。いろいろできるようになるなぁ。

 

ムーブメントをつくるとき、「#定時退社ビール」みたいな発想はすごくいいと思った話

6月に入り、気温も上がり、普段そんなにビール派でなくとも、なんともなしにビール飲みたいなとつぶやきたくなるような季節になってきた。

 

去年から、働き方改革の話題は盛り上がっているし、プレミアムフライデー的なイベント?も始まった。

しかし、ひとりの会社員として会社という働き方改革の現場でなにか変化があるような兆しはなかなか感じられない。

 

サイボウズ社のポスターが話題になったように、働き方改革とか言われても…というような感覚も拭えない。

 

 

そんな中でTwitterで見つけたのが「#定時退社ビール」というハッシュタグ。

よなよなエールのヤッホーブルーイングさんが仕掛けているらしい。

 

ルールは3つ。

STEP1.定時で、ないしは定時後できるだけ早く退社できるよう、前向きに楽しく努力する。
STEP2.退社後、「定時退社」に思いを馳せながら、おいしいビールで乾杯する。
STEP3.ビールを飲んでいる様子をハッシュタグ「#定時退社ビール」で写真付き投稿する。

http://yohobrewing.com/teijitaisha/

 

保育園のお迎えがあるから、ほぼ毎日定時退社をしている私は、#定時退社ビール をするためにビールを冷蔵庫に常備することにして、今までよりも気軽に「今日もがんばったなー!」と感じられるようになった。(ビールを飲む飲まないに限らず)

 

 

なにかムーブメントをつくるとき、その正義みたいなものはもちろん大切なのだけれど、正義だけでは人は動かない。そして、正義だけでは人は継続することも難しい。

だからこそ、楽しく、やっちゃいたくなるような仕掛けをつくるということはとても重要なのだろうなと思う。

 

 

そんなわけで、父の日のプレゼントはよなよなエールを贈ることにした。完全にマーケティングにやられている気がするけれど(笑)

 

 

 

 

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