旅するように学ぶ

仕事のこと、夫婦のこと、子育てのこと。日々感じたことや学びをつれづれと。

日経デュアルの記事を読んで考えた、働く親とキャリアの多様性のこと。

プチ炎上の日経デュアルの記事を読んでモヤモヤ。

なんでモヤモヤしたのだろうか改めて考えてみた。

 

記事はこちら。

 

それってほんとにハッピー?

家事分担のバランスが男女逆転しているケースとして、最近は「主夫」という形をとる男性も話題になったりしています。男性が家のことをメインで引き受けるというのも一つの選択肢。

 

とはいえ

「もっとやってくれ」って文句言われます。夫からは「まるで子どもが2人いるようだ。せめて自分のことは自分でやってください」って言われる始末で。

 というのは、またちょっと違うのかなと。

なんというか、「家事育児」はやはり、夫婦での合意形成と意思決定が大切だと私は思っていて、お互いが納得しあえていない状態というのは、長期的にはリスクがあるのではないかと思います。

 

立場を反対にしてみたら、せめて自分のことは自分でやってよと言ってるママと、0.5はやるからと言ってるパパというよくある構図になるので、不満が溜まることは目に見えています。

 

家事育児の役割や分担のベストプラクティスは家庭ごとに違います。

だからこそ、家庭ごとに自分たちが納得したよい形をみつける、やってみるのが大事だと思うんですよね。

 

 

日経デュアルの記事は、日経デュアルがスタートした時から大好きで、読んでいて勇気もらったことも多い。

でも、子どもが生まれてワーキングマザーになってみたら、なんとなく読まなくなってしまった。

 

なんていうか、男並みに働くキラキラした女性たちになりたいと思えなくなっていたり、自分のキャリアはすごく大切だけど、キャリアもあくまで人生の中のひとつの要素だと思うようになったことで、私はきっと日経デュアルのターゲット層ではなくなったんだろう。

 

今、まだまだ子育てしながら働きやすい社会になっているわけではない。

でも働き方の多様化は少しづつ生まれてきているし、キャリアも多様化してきている。

 

その中で、日経デュアルが理想とするのは、やっぱり組織の中で偉くなっていくというキャリアや、男社会で負けない働き方なんだと思う。

 

女性が働くようになり、男性と肩を並べることもできるようになった。子育てしながらも、男社会で勝つことをあきらめない。

それもひとつのキャリアの選択肢。

 

 

でも、それが難しかったりしんどかったりするから、女性は働くことをあきらめたり、キャリアをあきらめてきた。

 

多様なキャリアを示すことが、働く親たちを楽にさせるのではないかなぁと個人的には考える。

 


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クリスマスツリーを飾ってみたら、なぜか車も飾られていた。
 

母になって私の「働く意欲」は下がったのだろうか?

 先日、ワーキングマザー向けのあるアンケートに答えていたら、はて、これにはどう答えたらいいのだろうかと手がとまってしまう出来事がありました。

 

簡単に言うと

子どもが生まれて、あなたは働く意欲が下がりましたか?

というような質問で、あがったからさがったまで5段階くらいで答えるもの。

 

そもそも働く意欲ってなんだろう?

ママの働く意欲の話では、出産後に責任のない仕事に業務転換することで意欲がさがる、いわゆるマミートラックという現象があると言われています。

 

私自身、職場復帰するタイミングで特にやりたい仕事でもない繁忙期の少ない部署に異動になり、とてもがっかりした経験があります。数日間はへこんで退職が頭をよぎったりしましたが、今までの経験をいかせるはずと切り替えて勉強をして前向きに取り組むことができました。

 

「意欲」ってなんだろうと調べてみると、

 進んで何かをしようと思うこと。また、その心の働き。(コトバンク)

 ということ。

自分から勉強して、改善提案して取り組んでいた私は意欲がなかったわけではありません。

 

働く意欲と働く時間の関係

じゃあなんで私はアンケートで自信をもって「意欲はさがらなかった」と答えられなかったんだろう。

 

考えてみると、気持ちや姿勢としては今までと変わらず「よりよくなるように」という前向きな気持ちで仕事をしていたけれど、残業はまったくしなくなったし、息子の体調不良や保育園の行事の時は仕事を休み、働く時間は圧倒的に減っています。

 

周りからはコミットしているとは思われていないかもしれない、意欲がないと思われても仕方ないという気持ちはぬぐえない、そんな自信のなさが自分で意欲があると言い切れなかったのかもしれないと気がつきました。

 

そこにあるのは「働く意欲=時間的なコミット」という価値観。

仕事に意欲はあっても、時間的なコミットができないことで、会社の中ではなんとなく肩身がせまく感じてしまうことがあります。

 

そもそも働く意欲は必須なのだろうか?

 そしてふと思ったのが、働く意欲って必要なのかということ。

会社が「働く意欲=時間的なコミット」を求めている間は、子育てしながら意欲をもって働き、活躍するということは本当に高い壁になってしまいます。だから、時間ではなく成果をみること。

 

そして、個人のキャリアの観点から言えることは、自分のキャリアを会社任せにしないこと。職場復帰以外でも、意に沿わない配置転換というのは起こり得る出来事です。だからこそ、復帰前から自分の状況や働き方や仕事の希望をきちんと伝えることはとても大切だと思います。

 

仕事の意欲は優先順位とは別物 

 冒頭のアンケートに答えながら、私がだした結論は、仕事への意欲は変わらないけど、優先順位が変わったということでした。

 

仕事への意欲は変わらない。時間的な制限があることで、今の方が意欲的に仕事に取り組めるようになった。

でも、優先順位は変わった。妊娠する前は、責任があるから仕事を優先するべきだと思っていた。だけど、育休を通して自分がいなくても会社は回るという当たり前のことに気づいた。そして、子どもが生まれて家庭の優先順位はあがった。

 

会社よりも家庭が大事なのは、仕事に意欲がないという人もいるかもしれない。

でも、愛と同じように意欲という気持ちは、比較ではなく個別の対象について語られるべきであると思う。

 

仕事か家庭かの二択ではなく、仕事も家庭もどちらも意欲的に大切にしたい。

 

きっとそれが、今、働く多くの親たちの気持ちなのではないだろうか。

 

だから、今度また「出産して働く意欲は変わった?」と聞かれることがあったら、胸をはって「働く意欲も家庭を大切にする気持ちもどちらもすごく高まった」と答えたいなと思っている。

 


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 息子と一緒にハマっている「標本の本」。

京都大学の総合博物館の地下にある260万点もの非公開の標本たちがアートブックのようにデザインされて、理系じゃなくてもワクワク楽しめてとても楽しい1冊。

 

標本の本―京都大学総合博物館の収蔵室から

標本の本―京都大学総合博物館の収蔵室から

 

 

こういう意識が少子化の原因。残業しないと上司から届くパワハラメール。

子どもが生まれ、仕事と子育ての両立のため残業をできるだけしないよう頑張っていたら、上司からパワハラまがいのメールが届いたという話を聞き(本人、上司とも男性です)、この時代にこんなことほんとにあるんだと驚きつつ、非常にモヤモヤしています。

状況としては、
・そもそも残業や休日出勤が当たり前の会社。深夜残業も。
サービス残業で残業代は出ていない。
・正社員は残業が当たり前な中、効率化などで早く帰ろうと取り組み、1時間くらいの残業まで圧縮していた。

そんな時に、上司から「残業無理なら正社員やめたら」とメールが届いたそうです。


個人的には、マネジメントの手法としてどうなのかなと言うのも気になるところではありますが、やはり、仕事と子育てって、男性の方が大変なんだろうなと思った出来事でした。

例えばこれが女性だった場合、育休からフルタイムで復帰したとして、お迎えがあるから必死に仕事して、定時にダッシュで退社していたとしても、正社員やめたらとはさすがに言われないのではないでしょうか。

(男女どちらにせよ、残業の有無ではなく、きちんとパフォーマンスを発揮していることはもちろん前提です)

私も妊娠前に複数人のワーキングマザーのマネジメントをしていましたが、パフォーマンスの良し悪しは残業の有無ではなく、仕組みや仕事の仕方にあります。(個人的には、できてないから残業するという考え方自体がパフォーマンスをさげていると考えています)

だから、時間内に終わらなかったり遅れが出ている場合には、どんな風に進めているのかを聞き、なにが課題になっているのかを考え、その仕事の仕組み自体を変えたり、その人の仕事の進め方にアドバイスをしたり、そもそも終わらない量の仕事を任せていたとしたら自分の見込みが甘かったこととして、遅れをチームで取り戻すフォローをしていました。

チームの中で、チームのパフォーマンスが一番発揮されるように業務や役割を設定することがマネージャーの大切な仕事。
うまくいかないことをメンバーのせいにしてはいけないと思うのです。

チームメンバー全員が、何の制限もなく、どれだけでも働けるのであれば簡単です。昔はそうだったかもしれません。

でも、今はもうそうじゃない。今、管理職になっている人たちがそういう視点の切り替えをしていかないと、子どもが生まれた途端に女性も男性もずっと働きずらくなる。会社の中で、息をひそめて小さくなってすみません、って言いながら仕事をしなくちゃきけなくなる。

こんな社会が続くことがないように、息子が結婚してパパになった時に、パパになっても誇りをもって働ける、そんな社会にしていきたいと思うのです。


育休から職場復帰1年、「仕事を効率化する」ことの罠

気が付けば育休から職場復帰をして1年1ヶ月がたちました。あっという間のような気もするし、なんだか遠いところまでやってきたような気もします。

これからも続くワーキングマザー生活を考えるとたったの1年ではあるけれど、1年たった今だから感じることもあるだろうと思うので少し振り返っておきたいと思います。


効率化の限界

ワーキングマザーの働き方みたいな本を読むと、だいたい書かれているのが「効率」をあげて、短い時間で成果を出すという話です。

残業しないで1年働いてみて、「効率」は必要だけど、効率化には限界があるし、ひとりで効率化していても、長時間労働がんばってるぜ派の人からすると早く帰るんだから必死にやって当たり前くらいの感覚、効率化だけを追い求める毎日が続くと疲弊してしまいそうだなと思います。


時間制約があるからこそチームの意識をもつ

1年残業をしない働き方を模索する中で私が感じた、時間の制約がある人が、成果を出しつつ、同僚から理解を得て働くために、1番大切なこと。それは、「チームの意識」をもつことです。

1.チームの効率化を図る


チームの意識をもって、まずやるべき1つ目のことは、チームの効率化を意識することです。

先ほども書いたように、個人の仕事の効率化には限界があります。そこの職場で働くのが半年~1年くらいであれば、効率化を進めていくことで、一定の成果は出せるでしょう。

ひとりで効率化をしてなんとか早く帰り続けたとしても、みんなが残業していて、帰りにくい雰囲気はなくなりません。その状況が続く限り、必死に時間と戦い、効率化していくしかないと、疲れてしまいます。

また、仕事というのは一人で完結するものではありません。18時退社を基準にしている人と21時退社を基準にしている人、そもそも退社時間を決めず来たものに対して仕事をしている人では、時間の感覚やイレギュラーのリスクヘッジの基準が違います。

自分は効率化をして細かく前倒しをしてスケジューリングをしていても、そうやって仕事をしていない人から突然急な仕事をふられるなど、巻き込まれて帰れなくなるということは普通にあります。

だからこそ、自分の仕事だけでなく、チーム全体の効率化を考えた行動をし、チームのみんなが早く帰れるような状況を目指すことが理想です。

2.チームの成果に貢献する

2つ目に考えたいことは、チームの成果にどう貢献できるか?です。

自分の仕事を効率化するということは、結局「時間を短縮させる」ということ。時間に制約がある人が、時間に制約がない人と「時間」という同じ土俵で戦っても、これまた勝ち続けるのは大変です。

そもそも、この「時間制約ない人に負けないように成果を出す」という視点をやめましょう。

時間に制約があろうとなかろうと、同じチームのメンバーなので、考えるべきは、「チームの成果」です。自分が得意なことや他のメンバーより優位性があるポイントを見つけて貢献することで、「時間」という土俵から抜け出すことができます。

「チームの効率化を目指す」ということも、自分の効率化のノウハウをチームに広げるという得意を生かした貢献の形です。

残業をしない選択をし続けるハードル

残業をしないこと自体は、工夫をすることで実現可能だと思います。
だけど、残業しないことを選択し続けることの一番の壁は、残って働く人達への申し訳なさやなんとなく早く帰って悪いなという罪悪感です。

残業せず帰ることは毎日覚悟を問われるので、精神的にハードルが高いのです。男性の育休や定時退社のハードルもここに課題があると思います。

だからこそ、自分の効率化だけでなく、
・自分が時間とは別の軸でチームに貢献できていると思えること
・チーム全体の効率化で帰りやすい環境をつくること
この2つによって、残業しない選択のハードルを下げることが、長期的に残業をしないで働き続けることにつながるのだと思います。


とはいえ、先月はあとちょっとだけという気持ちで残業をしてお迎えに遅刻してしまったりもしましたし、残業できればもっとできることあるのにとか、思うこともありますが、それでもやっぱり保育園に迎えに行けばもっと早く迎えにきてあげられたらと思います。

毎日心揺れ動いているけれど、それでも今日より明日の方が楽しくなるように工夫を続ける、仕事を楽しむ、そんな姿を息子に見せられたらいいなぁと思います。

公園に向かっているのに、道に落ちてる葉っぱが気になる息子。いっこうに公園にはたどり着けなくて効率は悪いけど、寄り道の中に発見もあるよねと教えてもらいました。

権限委譲できないマネージャーだった私が、妊娠を機に権限を手放して得たこと

今日は東大・中原淳先生のブログからの考察です。書きかけのまま1週間たってしまった。。




マネジメントの本質?

「マネジメント」の本質が、「Getting things done through others(他者を通じて何かを成し遂げる仕組みをつくること)」にあるのだとしたら、「マネジメントを完遂する」ということは、「明日、自分が消去したとしても、職場の物事が動くようにすること」とも言い換えることができます。


 「自分がいなくなったとしても動く組織」をつくるということは言葉をかえれば、「権限を委譲」して、「バックアップ人材をはやめに用意する」、ということです。

私自身、妊娠する前までは長時間残業をしていたし、「自分がやらねば」が強くあって仕事を抱え込みがちでした。何かが発生しても、私が対応するから大丈夫だよってみんなを先に帰らせたりしてやっている気になっていた部分もあると思います。

本来のマネジメントで求められていることからすると対極のマネジメントをしていたということになります。


なぜマネージャーは権限委譲できないのか?

代替「不」可能な人材であるためには、自分しか知らない会社の情報や、自分しかできない仕事、何があっても自分が対応する(そういうスタンスである限り毎日のように「何か」は発生し続けます)ことが必要です。

代替可能な人材になってしまったら、マネージャーという役職の立場が危ぶまれるという不安や危機感、マネージャーの立場に自己陶酔しているような気持ちが権限を委譲せずひとりで抱え込むという行動を生んでいる気がします。


どうしたら自分がいなくてもよい組織をつくろうと思えるのか?

どうしたらつくれるのか?というHOWではなく、どうしたら作ろうと思えるのか?というBE(在り方)の問いです。

中原先生はブログの中でこうおっしゃっていました。
マネジャーにまず必要なのは「自分の能力に対する信頼」と「変わり続けることに対する自信」です。

たしかにそうですね。

これは、マネージャーのマインドセットの問題もありますが、組織がマネージャーに何を求めるか?という側面、マネージャー責任や役割、意味付けをどう行っていくかという面で考えさせられます。

また、私自身を振り返ってみると、必死に握りしめていた「自分にしかできないこと」を手放し、自分がいなくてもチームが回るようにしようと思ったキッカケは妊娠でした。

自分に対する自信はなかったけれど、自分の体が大切で、今までのようにいつでも何でも自分がやれるわけじゃなくなる、ということがリアルになったことで手放す「覚悟」をしました。

自分がいなくても大丈夫なことは寂しさもあったけれど、それ以上にみんなに迷惑かけたくないという気持ちと、同じように働いていてなにかあったら絶対後悔すると思っていました。


私が育休を経て得たキャリア

結果、私が抜けたあともほんのたまに電話での確認が入ることもありましたが、チームはちゃんと回りました。

復帰のタイミングで役員と面談した時に、私がいなくなることでみんなが力を合わせてがんばってくれてみんな成長したよ、と言ってくれました。自分が仕事や責任を抱え込むことで、チームメンバーの成長やチャレンジの機会を奪ってしまっていたことに気がつきました。

という状況になったこともあり、私は復帰のタイミングで別の部署に異動することになり、さらに半年後に新規事業に異動になりました。

最初は復帰の不安も強く、なんで異動しなくちゃいけないんだ、と思ってもいたけれど、今思うと新しい部署での仕事は社会人になってからの仕事人生すべてが活かせる仕事で、自分の視点をあげる機会になりました。

そして、新規事業で未経験の職種である今の仕事にチャレンジできたのも、自分がいなくてもチームが回るようにしたからこそ入ってきたチャンスだったと思っています。

役職にこだわることなく、チームで仕事をする、そんなスタイルが、キャリアを広げるのだと最近思います。


よく読み返す中原先生のマネージャー論の本。


https://instagram.com/p/7r5ZTombGN/

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息子は最近買い物にいくとなにかを持ってきます。

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